野田蛙「元気君」
野田蛙「元気君」

 

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新 ニュース12月28日更新

新 「フォトギャラリー1」(秋季大祭)11月7日更新

新 つぶやき月22日更新

新「フォトギャラリー2(ボーリング大会)4月21日更新

新 「野田教会の歩み1月4日更新

                      

  当教会は、浪花の里、人情味あふれる大阪、

藤の花咲く野田の地にあります。

 

今年で開教115年という歴史がある教会です。

明るく楽しい雰囲気で「心が元気になる教会」を目指しています。

 

     開教120年信心目標は

 「自分の神を持とう」 

   ~神人一体の道を歩む~です。   

       

今年一年、共に元気に笑顔で喜ぶ稽古に励みましょう!!

 

下に「つぶやき」ありますので見てください。

2012年

7月

22日

同窓会

先週、7月18日に大学の同窓会がありました。

大学時代を過ごした伊勢で開かれました。

 

懐かしくて嬉しかったです。

神道学科だったので、大半は神職で

 

現在、神社で奉職しています。

宮司も半分位いました。

 

父が健在な人でも、父が一歩引いて

「あなたが、宮司をやりなさい」と言われ大役を引き受けているようです。

 

実際には、引いてからも口は出すそうですが・・・

大学を案内してもらいましたが、20数年ぶりの大学は変わっていて驚きました!

 

茶道の時間中の生徒に、お茶を立てて頂きましたが当時の先生から「彼らは神職ですから、正座には慣れています」と厳しいお言葉が・・・・

 

3~40分でしたが、皆微動だにせず、一般職に就いた人だけが痺れていたようです。

最近は、神社も立礼だそうですが。

 

会食中も含めたくさんの同級生と現在の状況について話をしましたが、刺激を受けました。

 

そして、神職に就いているものは、そのような顔になり、一般職に就いている人も、顔に表れていました。

 

生き方が顔を作るということですね!!

私も40歳を過ぎ、自分の顔に責任を持つ年になったということでしょうか?

 

我々も信心を顔に表し、「いいお顔ですね(美人や男前という意味ではなく)」と言われるようになりたいものですね。

 

 

 

 

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2012年

4月

07日

開かれた教会

金光教の特長の一つに御結界があります。

これは365日、いつ誰が来ても直接お話ができるというシステムです。

 

他の教団でも、トップの方と直に話をするのは中々難しいのですが、金光教では普通に出来るのです!

 

一般の方がこれを聞いたときに驚いたという話をよく聞きます。

 

御結界の御取次(悩みや願いを話し、それに対して御教えや色々な話をしてもらます)という開放性を有難く思います。

 

今の世の中、自分の話にじっくり耳を傾けてもらえる場というのは中々ありません。

 

この聞いてもらえる安心感こそ最大の特長であると思います。

 

悩み・喜び事・受験などのお願い事など、様々な話を神様に取り次いでもらえる場が御結界です。

 

是非、これを機会にもっと御結界という場を積極的に活用していただければ有難く思います。

 

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2012年

3月

12日

東日本大震災慰霊復興霊地祈願祭

昨日、御本部において祭典が仕えられました。

東日本大震災から一年が経ち慰霊と復興

を祈る祭典でした。

祭典前に発表として宇部東教会の清水幹生氏が

お話をされました。

地震後すぐに気仙沼に入り、変わり果てた様子に

声もなく、ただただ驚いたそうです。

奉仕の心というよりもじっとしていられない気持ちであったといいます。

その後、長い間、現地でボランティアをされました。

毎朝、気仙沼教会での6時からの御祈念前に4時から2時間周囲を歩き地元の方に声をかけ続ました。

その結果、信頼関係が生まれ心が通じ合ったそうです。

途中、何度も絶句されながら語るその姿に

私は感動し涙があふれ出てきました。

最後に、現地に一度でも行ってほしい。それが被災者の方の願いだと訴えられました。

私も気仙沼にボランティアに行かせてもらいましたが、清水さんは鉄人だと誰もが言われていました。

清水さんの、本気の心が通じたのだと思いました。

家族があるにもかかわらず、ずっと現地に残り心も体も費やされました。

神心の発動とは、このことかと清水さんの行動から何度も教わりました。

斎場一杯に響き渡る声に皆が涙を流されていました。まるで、被災者の代弁者として話されているようでした。

おそらく、被災地からもたくさんの参拝者があったと思いますが、皆が納得した言葉だったのではないでしょうか。

あの思いを忘れないためにも、又再び被災地を訪れたいと強く感じた一日でした。

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